第5回 アートが教えてくれる”幸せの本質” ──比べない心で生きるということ

シリーズ記事「比べる幸せ・比べない幸せ」

幸せを探していた頃

私はこれまで、たくさんの「幸せ」を追いかけてきました。

作品が売れたら幸せ。
賞をもらえたら幸せ。
もっと多くの人に知ってもらえたら幸せ。

もちろん、それらはとても嬉しい出来事です。

誰かに認められること。
作品を必要としてもらえること。
努力が形になること。

それは、人生を彩ってくれる大切な喜びです。

でも、不思議なことに、その喜びは長くは続きません。

嬉しかった気持ちは、いつしか「次はもっと」という思いに変わっていきます。

もっと描きたい。
もっと成長したい。
もっと多くの人に届けたい。

人は前へ進む生き物だからこそ、満足だけでは止まれないのかもしれません。

そして私は、ある時から気づくようになりました。

本当に幸せだったのは、結果が出た瞬間ではなく、描いている時間そのものだったのではないか、と。

アートは「誰かより上手い」を超えた世界

アートには、正解がありません。

同じ花を描いても、同じ風景を見ても、十人いれば十通りの表現が生まれます。

だから私は、アートの世界が好きです。

誰かより上手いか。
誰かより評価されているか。

もちろん、それも一つの指標にはなります。

けれど、本当のアートの価値は、そこにはありません。

「私はこう感じた。」

「私はこんな世界を見ている。」

その人だけの感性が、一枚の作品に宿ること。

そこにこそ、アートの美しさがあります。

私は美術の授業でも、「上手い」「下手」という言葉をあまり使いません。

それよりも、

「この色を選んだのはどうして?」

「この形にしたのはなぜ?」

と問いかけます。

すると、子どもたちは目を輝かせながら、自分の思いを話してくれます。

その瞬間、作品はただの絵ではなく、その子の人生の一部になるのです。

描くことは、自分を生きること

絵を描く時間は、私にとって特別な時間です。

キャンバスに向かい、筆を持つ。

色を重ね、形を探し、時には失敗し、迷いながら進んでいく。

その時間は、まるで自分自身と対話しているようです。

制作をしていると、「こうあるべき」という考えが少しずつ消えていきます。

そして最後には、

「私はこれでいい。」

そんな静かな感覚が残ります。

誰かのようにならなくていい。

もっと完璧にならなくていい。

今の自分でいい。

絵を描くことは、自分を肯定することでもあるのです。

「今ここ」に戻してくれる創造の時間

私たちはつい、過去を悔やみ、未来を心配します。

けれど、絵を描いている時だけは違います。

目の前の色。
筆の感触。
光の加減。
絵具の匂い。

意識は自然と「今ここ」に戻ってきます。

心理学では、この状態を「フロー状態」と呼びます。

時間を忘れるほど何かに没頭している時、人は深い幸福感を感じると言われています。

それは、アートだけではありません。

料理でも、庭仕事でも、読書でもいい。

何かに夢中になり、今を生きていると感じる時間。

その中にこそ、本当の幸せはあるのかもしれません。

幸せは結果ではなく、過程の中にある

若い頃の私は、幸せは「いつか手に入れるもの」だと思っていました。

でも今は、少し違います。

幸せは、どこか遠くにあるものではありません。

家族と笑い合うこと。

庭から聞こえる鳥の声。

好きな音楽を聴きながら描く時間。

何度も見返したくなるような作品ができた時の静かな喜び。

それらはどれも、小さな出来事です。

けれど、その小さな瞬間が積み重なって、人生を豊かにしてくれているのだと思います。

幸せは、「結果」ではなく、「過程」の中に咲いている。

アートは、そのことを私に何度も教えてくれました。

おわりに──アートが教えてくれたこと

このシリーズでは、「比べる幸せ」と「比べない幸せ」について考えてきました。比べる幸せには、高揚感があります。誰かと喜びを分かち合い、達成感を味わうことも人生の醍醐味です。一方で、比べない幸せには、静かな深さがあります。

そして私は、アートを通してその両方を知りました。

作品が評価される喜びもある。

でもそれ以上に、描いている時間そのものが幸せなのだと。

結局、私たちが求めているのは、「誰かより幸せになること」ではなく、「自分らしく生きている」という実感なのかもしれません。

一枚の絵を描くように、一日一日を丁寧に生きる。

うまく描けなくてもいい。
遠回りしてもいい。

自分だけの色で、自分だけの人生を創っていく。

それこそが、アートが教えてくれた”幸せの本質”なのだと思います。

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こんにちは。母画家道Rin甲斐香織です。 「No ART, No Life」 ── アートは私にとって、生きることそのもの。 画家、美術講師、そして三兄弟の母として、 描くこと・教えること・暮らすことのすべてを、アートでつないでいます。 これまで25年以上、美術教育に携わり、出会ってきた生徒は延べ3,000人以上。 宮崎県高鍋町のこども造形教室を運営、小中一貫校の図工美術講師、 オンラインギャラリーの運営など、多角的に活動しています。 「みんなちがって、みんないい」「答えは、あなたの中にある」 そんな信念のもと、美術を通じて、自分らしく生き抜く力を育むことを大切にしています。 このサイトでは、美術を仕事にする楽しさ、 教育・創作・日常を彩るアートの力を、そっとお届けできたら嬉しいです。