母画家道Rinこと、美術家で美術教師の甲斐香織です。

「ともに歩む」自宅で療養中の奥様に、少しでも気分が明るくなるようにとご主人様から依頼を頂きました。 アクリル絵具で描きました。

縄文時代の竪穴式住居を体験!日本の人口はその頃1万人で驚き!

東京ドーム8個分!

ここは、広大な広さを誇る鹿児島県の上野原縄文の森!

1年ぶりに家族でいってきました。

去年、3兄弟が体験館でつくったテラコッタ粘土で作った埴輪やお皿を焼いてもらったのをとりに行きました。

われずに上手に焼けたかな?

ワクワクドキドキしながら、向かいました!

1年ぶりに再会!

テラコッタ粘土で1年前訪問した時に作った埴輪やお皿に再会!

4歳の三男は、すっかり忘れてしまっていました笑。

でも、三男の名前を書いてていたからとっても嬉しそうに手にとっていました。

竪穴式住居をイメージして作ったので入口があります。手のひらサイズでとっても可愛いです。

次男、長男が作った埴輪の形や表情も、ひょうきんで愛着が湧きます。

世界に一つだけの作品に3兄弟も大喜びです。

分厚いところとかもあったので、われたりするかもしれなかったけれど、施設の方が上手に焼いてくれて感謝です。

縄文時代は人口1万人?!

作品を体験館に取りに行くついでにせっかくなので館内や屋外の竪穴式住居なども見学しました。

広ーい芝生に、丸っこいドーム型の竪穴式住居がいくつもあって、そこは縄文時代にタイムスリップしたようでした。

中に入るとひんやりとしていて、ここに家族が生活していたのだなと思いを馳せていました。

部屋は一部屋で、みんなで肩を寄せ合って寝たり、食べたりしていたことが想像できて、家族の絆が深かったんだろうなと思いました。

今回も、たくさんのことを学ばせてもらったのだけど、特にびっくりしたことは、縄文時代は日本の人口が1万人だったということです。

理由は、寿命が短かかったことや狩猟生活で定住していなかったので、一緒についていけなかった高齢者(といっても50代60代)や怪我人病人の人たちはおいていかないとしょうがなかったことなどだそうです。

仕方がなかったとしても、そういったついていけない高齢者や病人の人たちを残して行くときの気持ちを考えるとたまらなかっただろうなと衝撃を受けました。

想像しただけで、涙が出そうになります。

けれど、そんな厳しい狩猟生活だけど、定住していなかったので、領土の取り合いもなく、貧富の差もなかったので、みんなで協力して生活していたそうです。

そうです。

争いがなかったのです。

 

確かに自然とともに生活し、噴火や台風、洪水、津波などで、命を落とすことも多く、薬もないので怪我や病気で短命だったのは想像できます。

 

けれど、争いがなくみんなで協力しながら、生きていた縄文人は、幸せだったのかもしれませんね。

そんな縄文人の生活や気持ちを想像しながら、見学をしたRinファミリーでした。

まとめ

ぜひ、お近くにこられたときは、

鹿児島県上野原縄文の森 へお立ち寄りください!

展示物はもちろん、和紙でできたドームや木でできたホールなど、建築物もとても見応えがあります。

外は、広ーい広ーい芝生や木々が綺麗で、ゆったりとお散歩したり、レジャーシートをひいてランチしたりもできますよ。

鹿児島県上野原縄文の森のホームページはこちらです!

 

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rinart

こんにちは。母画家道Rinこと甲斐香織です! 「No Art No Life」美術をライフワークにする美術家です。 こどもから、大人まで美術を楽しんでもらえるようなサイトを目指しています。 今まで10数年2000人以上をみてきた美術教師の経験や知識をお伝えする中で、 少しでも、美術って楽しい!と身近に感じてもらえると嬉しいです。 三兄弟の子育て中でもあるので、そういった子育て、夫育て、家づくりなどに ついても、更新しています。 また、美術作品の制作にも、取り組んでいます。 お気軽にご覧ください!