あなたは最近、何かに心から没頭できていますか?
目次
- 禅語「一行三昧」とは?
- 些細なことに揺さぶられない心
- 比較や評価に左右されず、自分に集中する
- 「水急不流月」──あなたは水面に輝く月
- アート・教育・子育てに活きる“没入力”
- 最後に:一行三昧は、人生を変える静かな力
禅語「一行三昧」とは?
「一行三昧(いちぎょうざんまい)」とは、たった一つの行いに心を込め、全神経を集中して没頭する姿勢を表す禅語です。
掃除をするときは、雑巾と一体化するように。茶を点てるときは、茶筅の一本一本に心を込めるように。
この言葉には、「今、目の前にある一つのことに徹することの美しさ」が宿っています。
些細なことに揺さぶられない心
現代は、情報・SNS・ノイズに満ちた時代です。
過去の後悔、未来の不安、周囲の評価──それらはしばしば妄想を膨らませ、私たちの心を乱します。
けれど、人生で本当に大切なことは、実はごくわずかです。
それに気づかず、あれこれに気を取られていては、自分の人生を生きることはできません。
一行三昧とは、雑念を手放し、必要なことに全力を注ぐための「心の取捨選択」の修行とも言えるのです。
比較や評価に左右されず、自分に集中する
たとえば、職場や人間関係であなたに張り合ってくる人がいたとします。
ミスを指摘されたり、成功を妬まれたり。そんなとき、つい言い返したくなるかもしれません。
でもそこで相手の挑発に乗ってしまえば、あなたの「一行三昧」は崩れます。
禅の教えは語ります。
「他人と比べるな。自分の道を、黙々と歩め。」
言い返すのではなく、流す。そして、目の前の仕事に、目の前の子どもに、目の前の作品に、すべての意識を注ぐ。
それが結果として、あなたの生き方をより豊かに、美しくしていくのです。
「水急不流月」──あなたは水面に輝く月
ここで、もう一つの禅語をご紹介します。
「水急不流月(みずきゅうして つきをながさず)」
──水はどんなに速く流れても、水面に映る月は流されない。
あなたの心もまた、水面に映る月のように、穏やかで動じない存在であってほしいのです。
周囲の状況やスピードに流されず、自分の内側を見つめて、静かに、しかし確かに輝いている。
その姿は、目立たなくとも、深く人を惹きつけます。
アート・教育・子育てに活きる“没入力”
私のアート活動や美術教育でも、この「一行三昧」の精神は大切にしています。
子どもたちと作品をつくるとき、私はできる限り「今ここ」に集中し、一緒に没頭します。
スマホを見ながら、心ここにあらずでは、子どもは敏感にそれを感じ取ります。
また、絵を描くときもそう。
「うまく描こう」「評価されたい」といった雑念を脇に置き、ただ、色と筆と対話する。
そんな時間にこそ、驚くような作品や、深い気づきが生まれるのです。
最後に:一行三昧は、人生を変える静かな力
一行三昧とは、「今ここ」に心を定めて、丁寧に生きること。
それはストイックでありながら、同時にとても自由でもあります。
雑音を断ち、ただ目の前にある仕事、子ども、制作、対話に集中する。
他人の評価に翻弄されず、比較せず、心静かに取り組む。
その積み重ねが、気がつけば、あなただけの揺るがぬ美しさを形づくるのです。
どうぞ今日も、水面に映る月のように、しなやかに、凛として在りましょう。