印象派の代名詞モネ!「睡蓮」に魅せられた記憶とともにご紹介。

「・・・」
言葉が出ず、立ち尽くしてしまっているRinがいました。
そこは、パリのオランジェリー美術館、クロード・モネの「睡蓮」の部屋で
連作を目の前にして衝撃を受けていました。
私を囲うように「睡蓮」があり、まるでその世界に取りこまれたように
なって一歩も動けなくなってしまいました。閉館間近の時間だったことも
あり、人もほとんどいなくそのスペースを贅沢に占領でき、至福のひと時を
過ごせました。

高校生の頃から、大好きだったクロード・モネ「睡蓮」を前に感動したのを
今でも鮮やかに思い出します。バイトで頑張って貯めたお金で行ったバックパッカーの旅でした。

そんなRinも大好きな世界的な画家クロード・モネについて、
興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。

モネのプロフィール

本名:クロード・モネ
生没年:1840年11月14日〜1926年12月5日(86歳)
出身地:パリ
運動・動向:印象派

モネってどんな画家なの?

モネは、印象派の代名詞とも言われるほど、印象派の理想を追い続けた
画家です。ブータンの感化を受けて画家を志しパリのアカデミー・スイスや
グレールの教室で学んでいる時、ピサロ、シスレー、ルノワール、バジール
たちと知り合って、印象派のグループを作りました。

沈みゆく太陽のスピードと競争するように、満ち溢れる光に
彩られた世界を調和に満ちた色彩でとらえていきました。
ときには、近代的なモチーフ「鉄道の駅」を朝の大気と湧き上がる蒸気を
通過する光の描写を素晴らしく表現しました。

1880年代後半からは、モネはシヴェルニーにお家を用意し、
ポプラ並木や積み藁、睡蓮などのモチーフを連作という形で描き
刻々と変化する光の効果を追求しました。

モネは、そういった景色の変化をただ観察した記録者ではなく、
「地球の虹色の輝きを描いた」色彩の詩人だ!とも言われています。

理論や観念でものを解釈することを嫌ったというモネにとって、
風景は絶え間なく変化し続ける、生きている存在だったようです。

セザンヌはそんなモネをこう評しています。
「モネは一つの目にすぎない。しかしそれは素晴らしい目だ。」

また、モネを崇拝していたシニャックは
「モネ様、ベニスを描いた連作は、すべてがあなたの意思の表現と一致し
どんな細部も感情に逆らわない最高の表現に到達したのですね。
強烈なファンより。」とお手紙を送っています。

まとめ

今回は、印象派の代名詞とも言われる「モネ」について書きました。
先にも書いたようにモネの「睡蓮」はオランジェリー美術館の「睡蓮」の
部屋が有名だけど、「睡蓮」はこれだけではありません。
モネは1899年から20余年間、「睡蓮」を何百枚も描いています。
モネの家があったシヴェルニーには、シヴェルニー印象派美術館として作品とともにモネの家や庭なども
残っているそうです。
そこにも、ぜひ将来行ってみたいRinです。

日本にも、国立西洋美術館(東京)、ブリジストン美術館(東京)、
東京富士美術館(東京)、地中美術館(香川)、ポーラ美術館(神奈川)などが所蔵しているそうです。

ではでは、Rinも絵を描こうと思うのでこの辺で。
最後まで読んでくれてありがとうございます!

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こんにちは。母画家道Rinです! 「No Art No Life」美術をライフワークにする画家です。 こどもから、大人まで美術を楽しんでもらえるようなサイトを目指しています。 今まで10数年2000人以上をみてきた美術教師の経験や知識をお伝えする中で、 少しでも、美術って楽しい!と身近に感じてもらえると嬉しいです。 三兄弟の子育て中でもあるので、そういった子育て、夫育て、家づくりなどに ついても、更新しています。お気軽にご覧ください!