ぶれずに、しなやかに生きる|禅語「青山元不動 白雲自去来」とアートな心の持ち方

人生において、私たちはしばしば「どっちが正しい?」という二択に揺れ動きます。
「貫くべき?」「変わるべき?」
でも本当は、そのどちらかではなく、「どちらも持ち合わせる」ことが、日々を穏やかに豊かに生きる鍵なのかもしれません。

目次

禅語「青山元不動 白雲自去来」の意味

この禅語は、「青い山は元(もと)動かずして、白い雲はおのずから去来す」と読みます。
つまり、「山」は変わらずそこに静かに在り続け、「雲」は自由に行き来する。
一見、対照的にも見える二つの存在が、実は自然の中で美しく共存している姿を表しています。

この言葉は、動じない信念と、流れに身をまかせる柔軟さ、その両方を併せ持つ生き方の大切さを教えてくれます。

美術教育における“ぶれない軸”と“柔軟な対応”

私は美術教育において、いつも「自分らしい軸を持とう」と伝えています。
それは、表現の土台となる考え方や感じ方の部分であり、作品の“根”のようなもの。
しかし同時に、「予想外」を受け入れる柔軟性も大切にしています。

たとえば、子どもが意図せずこぼした絵の具から、面白いにじみが生まれたり、予定していた色とはまったく違う色が重なったり。
そんな偶然を否定せず、「これはどんな世界になるんだろう?」と楽しめる姿勢こそ、創造力の源になるのです。

子育てにも通じる「山」と「雲」

子育てにおいても、この禅語の教えはとても深く心に沁みます。

私は三人の息子の母でもあります。
剣道に打ち込む子、勉強に集中する子、自由な感性を持つ子……それぞれに全く違う個性があります。

母として、「この子にはこうあってほしい」という気持ちが出てくるのは自然なこと。
でも、それを押し付けてしまうと、子どもの心は閉ざされてしまう。

私が大切にしているのは、「青山=信じる軸」をもって見守ることと、「白雲=変化に応じて支える」柔らかさです。
心のなかで揺れ動きながらも、「どちらもあっていい」と自分に言い聞かせる日々です。

作品制作で感じた、自分の“こだわり”と“ほどき”

アクリル画の肖像画を描いていたある日、色味にものすごく迷ったことがありました。
「この色が“正解”だ」と信じたい気持ちと、「でも、もっと柔らかくてもいいのかも」という迷い。

そのとき私が手放したのは、「こうあるべき」という“強すぎる信念”でした。
筆を持つ手をいったん止めて、深呼吸してから、まるで風に流れる雲のように色を重ねたその瞬間、絵が柔らかく息づいたのです。

アートも人生も、固く握りしめすぎると、こぼれてしまうものがある。

こだわりも大切。
でも、こだわらないことにも価値がある。
この感覚こそ、「青山」と「白雲」の共存だと感じました。

柔らかく、でも凛として生きていく

私が大切にしたいのは、

「風に揺れながらも、芯のある人」

であることです。


状況に応じて柔らかく動けるけれど、自分が本当に信じることはぶれずに持ち続ける。

その姿勢は、子どもたちにも自然と伝わっていくと信じています。

教育も、子育ても、アートも。
「こうあるべき」に縛られず、「こうありたい」と思える心を育てていくこと。
それが、私の活動の根底にある想いです。

禅語「青山元不動 白雲自去来」は、きっとこれからも私の生き方を導いてくれる言葉です。
今日も静かに、でもしなやかに、自分の信じる道を歩んでいきたいと思います。

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こんにちは。母画家道Rin甲斐香織です。 「No ART, No Life」 ── アートは私にとって、生きることそのもの。 画家、美術講師、そして三兄弟の母として、 描くこと・教えること・暮らすことのすべてを、アートでつないでいます。 これまで25年以上、美術教育に携わり、出会ってきた生徒は延べ3,000人以上。 宮崎県高鍋町のこども造形教室を運営、小中一貫校の図工美術講師、 オンラインギャラリーの運営など、多角的に活動しています。 「みんなちがって、みんないい」「答えは、あなたの中にある」 そんな信念のもと、美術を通じて、自分らしく生き抜く力を育むことを大切にしています。 このサイトでは、美術を仕事にする楽しさ、 教育・創作・日常を彩るアートの力を、そっとお届けできたら嬉しいです。